(ベトナムを除く)東南アジア大陸部の暦はインドの流れを汲んだ暦です。
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タイ暦 中国タイ族の暦
太陽暦部分は恒星年によっており、年初は太陽が白羊宮に入る日(中国でいう 平気で計算-タイでは大ソンクラーンと呼ぶ)です。
太陰太陽暦部分は、月の大小があらかじめ決まっており、Caitra月(に相当す る月-名前と月番号は暦によって異なりますが、本プログラムの太陰太陽暦ルー チンの制限により Caitra月の月番号は 1 に固定されてしまっています。必要に 応じて読み替えてください)を小として大小を交互に配します。
閏年は Asadha月(大の月)をダブらせます。行事は後ろの Asadha月に行うこ とが多い-五十嵐氏私信-ことからするとインドと同様に本来の月は後ろの方の Asadha月かも知れません。また、朔の日付調整のため通常は小の Jyaistha月を 大の月に変更する場合があります。従って1年の暦のパターンは、平年か閏年か、 Jyaistha月が大か小かで4通りのパターンが可能ですが、タイ[45]とラオス[46] では閏年が Jyaistha月小になるよう調整され、逆にビルマとその西部のアラカ ン[48]では平年が Jyaistha(Nayong)月小になるよう調整されるので、何れも3 通りしか許されません。
大の月は白分15日黒分15日、小の月は白分15日黒分14日からなります。つまり、 インド太陰太陽暦でいう欠日は必ず黒分15日であり、余日はありません。
閏月は大ソンクラーンが Caitra月白分6日から Vaisakha月白分5日の間になる ように置きます(アルゴリズムの関係上まれに Vaisakha月白分6日になることが あります)。
+thai で標準的な中部タイの暦(以下では単にタイ暦[45]-Caitra(チットラ) 月は5月~ラオスの暦[46]もほぼ同じ)を再現できます(V2.08で選択文字指定方 法(取扱説明書5章のカスタマイズの項参照) が変更になりましたので注意してください)。
また大ソンクラーンは月日にともに 0 を指定すると得られます。従って、大ソンクラーンの 一覧表は、例えば、
when +thai /(H!gjd) u:0 h 0 0 0 *y
のようにして作成できます。
以下に、文献[45],[46]の記述をチェックして分かった、タイ暦の計算方法を説 明します。
(1) パラメータの計算 まず、暦元から、計算する年の年初までについて、 + 太陽日数 (horakhun) Hi 余り Hr ← (タイ小暦年×292207+1173)÷800 太陰日の進み(avaman) Ai 余り Ar ← (Hi × 11+ 650)÷692 太陰月数 (masaken) Mi 余り Mr ← (Hi + Ai) ÷ 30 を求めます。 + これで恒星年は 365.25875日になり、スールヤシッダーンタを小数点以下5桁 近似しています。文献[48]によるとスールヤシッダーンタ自身この近似値 も用いているとのこと。
(2) 翌年の年初までの太陽日数 太陽暦の閏年、平年に相当します(292207=365×800+207)。 366日 ← Hr が 593 以上 (593+207=800) 365日 ← Hr が 593 未満
(3) Jyaistha月の大小 暫定的に、翌年の年初までの 太陰日の進みが5日なら Jyaistha月大 太陰日の進みが6日なら Jyaistha月小 とします。つまり、当年と翌年の太陽暦年初の午前0時の月齢の端数を比 較し、増えれば Jyaistha月大、減れば Jyaistha月小です。 (6×692=366×11+126=365×11+137) 5日 ← 太陽日数 366日で Ar が 126未満、365日で Ar が 137未満 6日 ← 太陽日数 366日で Ar が 126以上、365日で Ar が 137以上 (文献[45],[46]は等号成立時の判定がおかしいので訂正しました) 暫定的と書いたのは、Jyaistha月の大小は後の(5)で補正される場合があ るからです。
(4) 閏年 年初が Caitra月白分6日から Vaisakha月白分5日の間になるように閏年を 置きます。年初月齢(tithi) Mr を用い、 閏年 ← Mr が 5 以下 または 25 以上 平年 ← Mr が 6 から 24 のあいだ と判定します。ただし 連続する年の Mr が 25, 5 の時、どちらか一方を平年に、 連続する年の Mr が 24, 6 の時、どちらか一方を閏年に(*)、 変更します。詳細は時代と場所によって異なるそうです(本プログラムで は何れも前の年を変更)。
(5) Jyaistha月の大小の補正 (3)(4)により閏年のJyaistha月が大となることがあります。文献[45],[46] にはアルゴリズムを明記していませんが、暦日表[45]を見る限り、 翌年のJyaistha月を小から大に補正 ← Mr が 0 または 24 以上 前年のJyaistha月を小から大に補正 ← Mr が 1 から 6 のあいだ として、閏年のJyaistha月を小に戻しています。
(6) 太陰太陽暦日 タイ小暦 0年の太陽暦年初がユリウス暦 638年 3 月22日で、Vaisakha月 白分2日になることと、(1)~(5)で暦日は確定するのですが、以下のよう にして年初の直前の Caitra月 0日を簡便に計算可能です。 年初月齢がそのまま太陰太陽暦の日付になるものと仮に考える(ただし、 0 日はVaisaka月白分1日とする)と、Caitra月 0日は太陽暦年初(ユリウ ス通日 = 1954167+Hi )の 30 日前 ← Mr が 0 (年初は Vaisakha月白分1日) 29+Mr日前 ← Mr が 1 から 5のあいだ(年初は Vaisakha月) Mr 日前 ← Mr が 6(*)以上 (年初は Caitra月) (*)Vaisaka月の場合は 29+Mr日前 ただし、本来太陽日数を使うべきところを太陰日数で代用したため誤差が 出て、直前の Caitra月 0日と直後の Caitra月 0日の間隔が、(3)~(5)で 決まった日数より1日短くなることがあります。このときは、Caitra月 0 日をもう1日前に変更します。この最後の変更の結果、年初が Vaisaka 月 白分6日になるケースがまれに発生します。
計算を実際のデータとチェックしてみると、文献[49]とは一致しますが、文献 [13]にAD1970年がJyaistha月大とあるのが計算でJyaistha月小に、文献[21]にAD 1986年1月1日が黒分6日とあるのが計算で黒分5日になるなど、必ずしも一致しな いようです。
なおデータを添付していませんが、チェンマイを中心とする北部タイでは Caitra 月は7月です。
タイ暦の紀年には以下のものがあります[21]。
紀年名 | 元期(満が主だが数もある) | 備 考 |
小暦(チュンラ・サッカラート) | AD 638 | AD13世紀末から使用(?) 少なくともアユタヤ朝後期からは公用 |
大暦(マハー・サッカラート) | AD 78 | インドのシャカ暦と同じ |
仏暦(プッタ・サッカラート) | BC 543 | 宗教暦、AD1913年から公用 |
ラッタナコーシン暦(ラッタナコーシン・ソック) | AD1782 | AD1889年から公用 |
チュラーマニー暦 | AD 188 | 昔の法律集に登場する |
タイの新年は複雑です[21]。タイにも年に割り振られた干支があって、十二支 (ピー~日本や中国と同じ)は太陰太陽暦年初(Caitra月白分1日)に変わり、十干 (ソック~サンスクリット語に由来する序列を表す特別のタイ語でタイ小暦(満) の1の位に一致)は太陽暦年初である大ソンクラーンに変わります。
公用暦の新年は元は前者であったのですが、AD1889年にグレゴリオ暦の4月1日に 改められて、さらにAD1941年に同じく1月1日になりました。しかし大ソンクラーン を新年として祝う風習は根強く一般に定着しているそうです。thai.rsc では 年初を細かく変えていませんが、タイ暦は汎用太陽暦ルーチンで実現されている ので変えたい場合は west.rsc が参考になるでしょう。